「大いなるバカ」であれ〜乙巻〜

Life
文字数:8,057字 | 読了目安: 約11分 | 2026.01.05 | 2026.01.08

※ この記事は「大いなるバカであれ〜甲巻〜」の続きです。甲巻では、昭和の偉人からスティーブ・ジョブズまで、突き抜けた情熱でそのビジョンを成し遂げた大いなるバカ=愛すべきマハたちを紹介しました。まだ、お読みになられていない方は、先に【甲巻】を読むことをお勧めします。

【甲巻】では、大いなるバカになることを能天気に勧めてきました。しかし、多くの自己啓発系コンテンツにも見られる問題は、ポジティブに元気づけるだけで、実践に伴う数多の落とし穴やダークサイドに無頓着なことです。

本ブログでは両極を見て統合することを大切にしています。続編となる【乙巻】では、実戦の厳しさ、ダークサイドを含めて考えてみましょう。

現実を見る

甲巻で紹介したような偉大なるマハたちのエピソードを知り、ポジティブなエネルギーを受け取っただけで、単純にトレースしてしまうと現実からずれていくことになります。

例えば、十河信二の執念、島秀雄の技術が新幹線を構築したエピソードに酔い過ぎると、21世紀の現在、リニア新幹線を推進することが素晴らしい夢のように見えてしまうかもしれません。しかし、ここで、立ち止まり、現実を見る必要があります。

視野を広くとらえ、深く考えるべきポイントと解決の道を探求していきましょう。

【新幹線】果たして現代において、リニア新幹線の事業は本当に必要なものでしょうか。赤字になろうと環境負荷をかけようとも取り組むべき課題なのでしょうか。高度情報化社会にあって、人が物理的に移動するためのインフラをさらに増やすことの意義はどこにあるのでしょうか。膨大な電力をどうやって供給するのか。現代において、リニア新幹線を推進している人たちは、どのような日本の将来を理想として描いているのでしょうか。

【モビリティ】ホンダの名機スーパーカブは「地元の足」として愛されていました。しかし、排ガス規制の影響もあり50ccの原動機付自転車規格の生産は終了しました。その一方で、現代の都市では混乱した路上を電動アシスト自転車やキックボードが走り回る危険な状態が放置されています。現代の都市のモビリティはどうあるべきなのでしょうか。

【物流】EC・通販が社会のインフラとして暮らしに欠かせないものになる一方で、物流会社はドライバーの就業時間の制限問題や人材不足でギリギリの運営を強いられています。都市ではタワマンの宅配において、セキュリティやエレベーター待ちによるアクセス性の悪さによる配達効率が著しく低下していることも問題視されています。現代の宅配サービスはどうあるべきなのでしょうか。

【コンピュータ】いまや、大人も子供も誰もがスマホへの反応を優先してしまい、SNSと動画、ゲームで、人生の大半の時間を画面を見て漫然と過ごしています。人間の知能に致命的な悪影響を及ぼしていることは明白です。人間の知性を拡張するはずだった「知性の自転車」としてのパーソナルコンピューターの理想はどこにいってしまったのでしょうか。現代のデジタルデバイスはどうあるべきなのでしょうか。

泥酔&上滑り注意!適切なゴール設定を

高邁な理想に酔いしれてビジョンが現実の実態と離れたまま、実務にリンクしていないと上滑りしていきます。さらに難しいのは、やるべきことがはっきりしていた昭和までの時代と異なり、上述したように平成以降の課題は複雑多様化しています。さらに、グローバル化で世界の ダークサイド からの影響も大きくなった現代にあって、課題設定もゴールも見間違ってしまう可能性が格段に高まっているのです。

複雑多様化した現代にあって、理想を単純化して中途半端にマハの精神を発揮すると、致命的な失敗をやらかしてしまう可能性があります。

HONDAも2021年には、「脱・エンジン宣言」を果敢に打ち出していましたが、その後は軌道修正を迫られています。言わば、欧州の策略に翻弄されて内燃機関からEVに完全移行する方針を示していたわけですが、現在はEV偏重からハイブリッドを組み合わせて軌道修正されています。

このEV市場の事例からビジョンの構築やゴール設定の方法を考察してみましょう。

技術的判断と政治的な裏読み

近年の急激なEVシフトについては、技術者であれば誰もが違和感を抱いていたのではないでしょうか。素人のわたしでさえも寒冷地に暮らす人間としては、そんな性急にエンジンの技術を捨ててしまって、大丈夫なのかいなと思っていました。

  • バッテリーのエネルギー密度
  • 寒冷地での性能劣化
  • 充電インフラの成立条件
  • 災害時・過疎地での実用性
  • レアメタル供給の地政学的制約
  • サプライチェーンを支える労働者の雇用
  • 販売整備網における整備工の技術転換

これらを考えれば、「全面EV化は時期尚早である」と考えるのが自然です。それにもかかわらず、ホンダは一気にEV全面移行へと舵を切りました。

わたしは当初、技術に疎い営業畑か金融機関出身の経営者が判断を誤ったのだと思っていました。しかし、調べてみると経営者の方は技術畑の出身で、技術的な制約を理解していなかったわけではないようです。

逆に日本の技術者の弱点が露呈した結果のように考えられました。そもそも日本の精神文化には、次のような前提が深く根付いています。

  • ルールは中立的に運用されるもの
  • 規制は技術進歩を促すために存在するもの
  • 国際合意は善意の集合体である
  • 正しい技術は最終的に評価される

これらは、高度成長期を支えた技術立国日本の成功体験から生まれた美徳でもあります。特にHONDAは1970年代の米国での厳しい排ガス規制(マスキー法)を技術力で克服することで、アメリカ市場で一気にシェアを獲得した経験を持っています。規制を「技術進歩を促すために存在するもの」として、規制のチャレンジを正々堂々と受けて立ってしまったものと考えられます。

裏読みすれば

表向き、EUのEV規制は次のように説明されています。

  • 脱炭素
  • 環境保護
  • サステナビリティ

しかし、少し視点を引いてみると、別の側面が見えてきます。

  • 内燃機関で競争力を失いつつあった欧州メーカー
  • クリーンディーゼルで不正が明るみに出て揺らいでいた信頼性
  • ルール変更による競争条件の書き換え
  • EVを前提とした補助金・罰則・規格の設計

これは単なる環境政策というより産業政策であり、覇権争いの中で市場の信頼を失った末に追い込まれた苦肉の策と見る方が自然です。

EV時代の中核となる、

  • バッテリーセルの量産
  • 電池素材の精錬
  • レアメタルの供給網

といった技術の多くは中国勢が押さえています。

欧州メーカーにとってEVシフトは、日本の内燃機関技術を相対的に無効化し、中国のサプライチェーンを利用して勝つための戦略でもありました。

一時、グローバリストの影響下にある日本の政治家がエンジン規制にやたらと前向きだったのも露骨な利権誘導で怪しさ全開でした。このとき、誰が何の目的で日本の政治家にあのような発言をさせているか、最終的に誰が利益を得るのか、良く考えておく必要があったはずです。

日本の技術者は、政治を次のように捉えがちです。

  • 技術と政治は別の世界
  • 政治は不純で、できれば距離を置きたいもの
  • エンジニアが深入りすべきでない領域

その結果として、規制を「前提条件」として受け取ってしまい、規制を「武器」として悪用する勢力の裏を読む力が不足してしまったのです。

トヨタの全方位戦略

一方で、トヨタは全方位戦略を展開して、長期的で持続可能なイノベーションのビジョンを証明して見せてくれました。

技術 インフラ依存 CO₂削減効率 普及性 トヨタの位置付け
HV
(Hybrid Vehicle/ハイブリッド車)
中核
PHEV
(Plug-in Hybrid Electric Vehicle/プラグインハイブリッド車)
橋渡し
BEV
(Battery Electric Vehicle/バッテリー電気自動車)
条件付き 選択肢
FCV
(Fuel Cell Vehicle/燃料電池車)
非常に高 将来高 長期投資

トヨタは、「カーボンニュートラルは“技術の多様性”で達成する」という方針で一貫していました。

EVの一本足打法は、技術・市場・法制度・資源・地政学からみて、あまりにリスクが高いものです。今すぐ出来る有効な環境対策として、HVを現時点での最適解として実装して展開しています。

BEVは、走行距離が短く、充電インフラも整った都市交通のモビリティとして適材適所の選択肢の一つになっています。PHEVが、充電設備の不足や脆弱性といったBEVの弱点を補う橋渡し的な役割です。将来の理想の形として、エネルギー構造が転換された水素社会を想定して、FCVも本格投入出来るように準備を進めています。

そもそも、電気を駆動力とする基礎研究は豊田佐吉の時代にすでに取り組んでいたわけで、軽薄な環境政策に踊らされることもありませんでした。

これは、エンジニアリング合理性 × 世界市場 × 政治現実 をすべて考慮した、極めて合理的でトヨタらしい設計思想です。

複雑多様化した現代社会では、単純な一点突破型のイノベーションは通用しません。これからの時代に求められるのは、

  • 技術 × 政治 x 市場
  • エンジニア × 地政学
  • 製品ロードマップ × 規制シナリオ

といった複眼的な視点であり、まさにハイブリッドな思考です。

複雑系の思考へ

純粋であることは、美しい価値です。しかし、純粋であるだけでは生き残れない時代になりました。

技術は中立ではなく、規制は善意だけで作られるものでもありません。市場も正しさだけでは動きません。こうした「現実」を直視して、世界の「裏側」も読むように、日本の技術者文化を成熟していく必要があるのだと思います。

本ブログでは、こうした課題の解決に参考になる考え方を提供するため、多様なトピックを題材として考察してきました。特にものごとの表裏、ポジティブ・ネガディブの視点を移動して、多元的に思考して統合することを意識しています。

思考のエンジンとなるようなフレームワークも考察しており、一つの例として「MH2(エム・エイチ・ツー)」があります。

思考のエンジンMH2

複雑な課題を解決したり、新しいアイデアを生み出したりするためには、目の前の具体的事象にとらわれることなく、抽象的な机上の空論に陥ることもなく、組み合わせる「思考の柔軟性」が必要です。

「メタ・ハイパー・ハイブリッド(Meta-Hyper-Hybrid)」の概念を意識しておくと、思考を柔軟に維持することができるはずです。

1. Meta(メタ)

〜対象を抽象化して全体を俯瞰する〜

「メタ」とは、「高次」「超越」を意味します。思考においては、対象から一歩引いて、より高い視点から全体像や構造を把握することを指します。「枠」の外に出て、地図を見るという感覚です。

  • 機能:
    • 抽象化: 個別の事象から共通のパターンや法則を見つけ出す。
    • 客観視: プレイヤーの視点から、鳥の目の俯瞰した視点へと切り替える。
    • 構造化: 「なぜそれが起きているのか?」という背景やシステムを理解する。
  •  思考のトリガー:
    • 「そもそも、これは何のためにやっているのか?」
    • 「この問題の根本的な構造はどうなっているか?」
    • 「自分を外側から見ると、どう見えるか?」

例:「売上が下がった」という事象に対し、「もっと営業しよう」と考えるのは既存の枠の中で具体的事象を見る視点。

市場全体のニーズが変化しているのではないか?」「ビジネスモデル自体が古いのではないか?」「そもそも顧客は何を求めているのか?」を抽象度を高くして考えるのがメタ視点です。

2. Hyper(ハイパー):要素や構造を超越する

〜異なる次元をリンクさせ、壁を飛び越える〜

「ハイパー」は、「飛躍」「離散」「非連続」を意味しますが、ここでは既存の枠組みやカテゴリーを一気に飛び越え、異質なものを結びつける働きです。メタで把握した構造を、縦横無尽に飛び越えてつなぐ力です。

  • 機能:
    • 非線形な接続: 論理的なステップを飛び越し、AとZを直結させる(ハイパーリンクのように)。
    • 脱領域: 業界や専門分野の壁を越えて、別のルールを持ち込む。
    • 連想と飛躍: 「関係なさそうなもの」同士の共通項を見つけ、新しい意味をつくる。
  •  思考のトリガー
    • 「この問題を全く別の業界のルールで解いたら?」
    • 「この要素と、真逆の要素をくっつけたらどうなる?」
    • 「時間の制約や物理法則を無視できるとしたら?」

例:タクシー業界の課題に対し、「IT業界のリアルタイムマッチング技術」と「個人の空き時間」という異質な要素を飛び越えてリンクさせ、Uberのようなモデルを生み出すのがハイパー視点です。

3. Hybrid(ハイブリッド):両極を統合して実践する

〜理想と現実を混ぜ合わせ、着地させる〜

「ハイブリッド」とは、「異種の組み合わせ」「混合」を意味します。メタで見渡し、ハイパーで飛び回った思考を、現実世界で機能する形 に落とし込むための統合プロセスです。

  • 機能:
    • 二項対立の解消: 「AかBか」ではなく「AでありBでもある」状態をつくる。
    • 最適化: 抽象的なアイデアを、具体的な制約(予算、時間、人)の中で動く形にする。
    • 実装: デジタルとアナログ、理論と感情など、異なる性質を融合させて強度を高める。
  •  思考のトリガー
    • 「相反する2つの要素を、どうすれば共存させられるか?」
    • 「この突飛なアイデアを、今のリソースで実現可能な形にするには?」
    • 「バーチャルの強みとリアルの強みを掛け合わせると?」

例:「完全にオフィスワーク」か「完全にリモート」かではなく、それぞれのメリットを統合し、組織のフェーズに合わせて最適な働き方をデザインするのがハイブリッドです。

4.思考のサイクルを回す

この3つは独立したものではなく、循環させることで強力なエンジンとなります。

概念 キーワード アクション 役割
Meta 俯瞰・構造 抽象化する 地図を描く(迷子にならない)
Hyper 超越・リンク 飛び越える 近道を作る(イノベーション)
Hybrid 統合・編集 実践する 車を走らせる(成果を出す)
  1. Metaで全体図を把握し、
  2. Hyperで既存のルートを超えたアイデアを見つけ、
  3. Hybridで現実的な解決策として着地させる。

このサイクルを意識することで、思考はより深く、より広く、そしてより具体的になってくるはず。

前提条件とそもそも論

官僚を頂点とする受験エリートのみなさまは、前提条件を疑わないクセが付いてしまっています。次のような受験システムのみに最適化された思考が身についてしまっていて、「前提条件」を疑う ことがありません。

  • この前提条件が与えられたらこの解法のテクニックを使う
  • 与えられた選択肢(マークシートのチェックボックス)から正解を効率良く選択する

こんな脳の使い方をしていたら、文系だろうと理系だろうと現実の世界に対応出来るはずがありません。

こうした受験エリートは、公的組織でも民間組織においても、ひたすら前例と正解を探してしまいます。自己に責任が及ばないように仕事をするため、委員会や専門家、コンサルタントや下請け企業を探すことに、その全能力を費やすしているかのようにさえ見えます。

もちろん現実世界では、そもそそも論から仕事をするのは容易なことではありません。現実世界において、「そもそも論」を持ち出すと課題は一気に複雑化するため、議論は迷走し、人間関係も緊迫していくことになります。

現実世界に必要なのは、次のようなそもそも論に対応した思考の道具と哲学なのです。

  • 世界観や信念といった本質的な哲学
  • 人や構造を見抜く観察眼
  • 手触りを持った現場感
  • 思考のフレームワーク

Meta・Hyper・Hybridを組み合わせる考え方は他で見たことがないので、MH2は本サイト独自のものですが、思考の道具には多様なものがあります。わたしが使っているものだけでも他に、システム思考、KJ法・NM法、マンダラート、マインドマップ、トゥールミンロジックなどがあります。

そもそも論から逃げない。そもそも論に手ぶらで望まない。

Yin & Yang :陰陽

光があれば、影がある。陰極まれば、陽となす。

本編では、ダークサイドに深くダイブしつつ、ボジティブなビジョンを構築する上で欠かせない裏読みの重要性を考察しました。

現代社会はますます、人や構造を見抜く観察眼や手触りを持った現場感 が求められています。ダークサイドについても出来るだけリアルな現場、庶民の現実にふれてみることをお勧めします。

庶民の暮らす現実も、世界政治もリアルな現場には、ダークサイドがつきものです。そこは、義理と人情 ・ 欲望と陰謀 の世界です。この現実に慣れるため、お金と欲望の裏側を描く「なにわ金融道」を読み、義理と人情を描く「男はつらいよ」を見るだけでも、勉強になることがたくさんあるはずです。

そしてこれらの力は、一朝一夕に得られるものではなく、思考の鍛錬によって培われるものです。続編となる【丙巻】では、こうした陰陽を統合する上で鍵となる哲学や信念体系について考えてみましょう。


👉 大いなるバカであれ〜丙巻〜へ続く

参考書籍

『ナニワ金融道 1』(青木 雄二 著 / 講談社)

初版1991年なので古いマンガですが、庶民の現実と人間の機微は普遍的です。いま読んでも面白いはずです。

『男はつらいよ 寅次郎物語 HDリマスター版(第39作)』

義理と人情、大切にしたいですね。でも、現実世界で身近に寅さんのような人がいたら、楽しいような、コワいような・・・。寅さんを見る度、さくらが不憫でなりませんが、寅さんは憎めないんですよねぇ。