野生動物に学ぶ生き方と戦略:ハヤブサ編

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文字数:5,905字 | 読了目安: 約8分 | 公開日:2022.10.13 | 更新日:2023.01.24

野生動物に学ぶ生き方と戦略、今回は猛禽類のハヤブサについて考えてみましょう。

肉食で生態系の上位に位置する猛禽類は、生息環境に適応した生態をもち、独自の生存戦略を内在しています。弱肉強食の世界観では強者ですが、生息環境への依存度が高いという意味では、弱者としての一面も持っています。

猛禽類の生息環境と生態、生存戦略、人間との関わりや文化的側面を知ることは、我々人間の生き方、ビジネスの戦略を考える上でも多いに役立つものです。それでは早速、ハヤブサの世界に飛び立ってまいりましょう。

〜最速の動物。スピードと機動力の象徴〜

滑空時の速度300Km以上、その速さ、俊敏さから、東北新幹線「はやぶさ」 、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」、スズキの大型バイク「隼」の名前にも使われている最速の動物です。

事実、その飛翔する姿を見れば、その速さと運動能力には驚かされます。時速300kmと言えば、1秒間に83mも進んでいることになります。しかも、速度を競う滑空選手権をやっているわけではなく、高速で獲物を追い、方向と速度を調整してタイミングを見て、リスクを判断して獲物に襲いかかるわけです。

狩りに失敗すれば、自分が怪我をしたり命の危険にもさらされかねません。純粋に凄いとしか言いようがありませんね。わたしは野生動物の能力を考えるとき、出来るだけ彼らに没入し、その行動や意志を感じ取るようにイメージしています。

最近は、鷲鷹類にカメラを背負ってもらって撮影した動画が YouTube に多数ありますので、彼らの目線と行動をイメージする上でも臨場感がぐっと上がるようになりました。鳥目線のカメラ映像を見ると、顔を上下左右に動かしながら獲物を目で追い、状況を細かに把握している様子が良くわかります。

ハヤブサの研究者の Ken Franklin 氏がハヤブサと一緒にスカイダイビングをしながら降下時の最高速度294km/hを計測した実験の映像は圧巻です。以下に National GeoGraphic で紹介された動画のリンクを貼っておきます。この番組の後も同氏は研究を続け、最高速度389km/hを記録しています。

俊敏な判断

最高速も凄いのですが、わたしがフィールドでハヤブサの飛翔を目の当たりにして凄いと思ったのは、その旋回能力と判断力です。その時は、数羽のカラスと格闘しているようだったのですが、想像以上の速度で急旋回していて、思わず「すげ〜」とうなりました。

そのときは本気で狩りをしているというよりは、数羽のカラスを相手に遊んでいるような感じで余裕さえ感じたのですが、急旋回、急降下、急停止の運動能力に感嘆しました。実際の狩りではあの速度で飛びながら、一瞬のタイミングで襲いかかるのですから、凄い判断力です。

また、別の日にのんびり鴨を眺めていた時は、水面を泳いでいた鴨たちが一斉に凄い素早さでサッと水中に潜ったので、何ごと!と思ったらハヤブサがすぅーと飛んできていたことがありました。

このとき、驚いたのは鴨たちの反射神経と素早さです。ぼぉ〜とのどかに泳いでいるように見える鴨たちですが、さすがは野生動物です。彼らは命かかってますから当然と言えば当然なのですが、ふだんののんびりした鴨からは想像も出来ない素早さで、ハヤブサに気付いて一斉に水中に逃げ込みました。

そのときは狩りに失敗したハヤブサですが、狩る方も狩られる方も鋭敏な感覚と優れた運動能力を持っています。そのせめぎ合いを垣間見ると、野生動物の魅力を一段と感じずにはいられませんでした。

ここで考えておきたいのが、スピードというのは 判断力 とセットで語られるべきものだということです。スピーディーに動きながらも、目的に合致するように旋回、方向転換、停止、判断が出来ているか。

往々にして、ビジネスはスピードが勝負だ! というかけ声に煽られて、状況の変化を捉えることなく、無闇やたらに既存の方針のまま猛進する経営者、管理者も少なくありません。

「種類よりスピード」とか言っていたどこかの首相がいましたが、トンチンカンな政策をスビーディに進められても迷惑な話です。

ターゲット(= ビジネス上の成果)が、もの凄い勢いで変化していることを的確に捕捉していなければ、スピードも無駄なエネルギーの浪費になってしまいます。

状況の適切な判断、俊敏な方向転換があってこそ、スピードが意義を持つ。

驚異的な能力に対する畏敬の念

古来、人類は野生動物の驚異的な能力に対して純粋に驚き、畏敬の念を抱いてきました。古代エジプトでは、太陽神ラーが信仰の対象であり、太陽に近く天空を司る神格として、ハヤブサが重要な位置を占めていました。古代のエジプト人も、ハヤブサの優れた飛翔能力に神聖さのようなものを感じていたのかもしれません。

エジプト神話において、天空と太陽を司る神の名前がホルスです。壁画や彫像では、頭部がハヤブサで体が人間の姿で描かれていることもあります。

東京丸の内のインターメディアテクには、ハヤブサの姿で表現されたホルス像が展示されています。

INTERMEDIATHEQUE

エジプト神話の世界は、トキの頭部を持ち知恵を司るトート神、頭部が犬のアヌビス神など、生きもので表される神々も多く、興味深い世界ですので別の機会にも取り上げたいと思います。

瞬時の判断を支える目

高速で飛翔するハヤブサの瞬時の判断を支えているのが大きな目であり、ホルスの目としてデザインされてきました。ホルスの目は、あらゆるものを見通す目、神の目とも言われています。

目の意匠は、見るものに見られている感覚を与えることで、悪いことが出来ない = 悪いものを寄せ付けない = 魔除けの意味も込められていて、古来、お守りやアクセサリーのモチーフにもなっています。

ちなみに、1ドル札の裏面に記されているピラミッド上部にも目が描かれており、世界の頂点に立ち、あらゆる存在を見通すもの、プロビデンスの目としても知られています。陰謀論や都市伝説の世界では秘密結社フリーメイソンやイルミナティのシンボルとされていることでも有名です。

わたしが注目している YouTuber の一人にエジプト出身のフィフィさんがいます。彼女は日本語も堪能で、時事問題についても多様な論説を展開されています。政治経済から文化芸能まで鋭い切り口で語られ、下手な評論家や学者よりよほど社会のためになる主張をされています。論理的かつ情動の扱いにおいても倫理的であり、お勧め出来る数少ない YouTuber の一人です。

彼女がホルスの目について語っている動画のリンクを貼っておきます。

現代でも愛されるハヤブサ

中東諸国ではハヤブサは神格化され、縁起の良い生きものとして親しまれており、現代でも王室や富裕層は多数のハヤブサを所有してきました。中東の航空会社ではハヤブサを客室に乗せることも珍しくないようで、航空機の座席にハヤブサがずらっと並ぶ壮観な様子がニュースサイトで配信されたときには驚きました。

National GeoGraphic の2018年10月号によれば、2000年代にドバイの王子がハヤブサの競技会を始めてから一般市民にも鷹狩りの文化が普及したようで、ドバイには鷹狩り専門のショッピングモールまであり、世界最大規模の鳥の病院であるアブダビ・ハヤブサ病院では年間1万1千羽を治療しているとか。

これらの記事を見た当初は、野生動物の飼育、ペット化という意味であまり好ましく思えなかったのですが、人工繁殖が成功するにつれて、野生のハヤブサの密猟や闇取引も減少しているということなので、悪いことばかりではないのかもしれません。

UAE では密輸取り締まりを強化し、人工繁殖により、野生の個体数を回復させる活動も行われているそうです。特に北極圏に生息し、絶滅が危惧されているシロハヤブサの回復を目指す計画があるようなので、期待したいところです。

日本の隼

日本でもハヤブサは大人気です。古くは第二次大戦時の戦闘機から、東北新幹線、バイク、そして、小惑星探査機まで、スピードの速い乗り物の名前にも使われてきました。

2020年12月には小惑星探査機はやぶさ2からの採取サンプルが帰還して、話題になりました。未知の領域に挑む宇宙探査は良い意味での緊迫感にあふれています。

軍事はもちろんですが、ものづくりやビジネスの現場で実践に取り組む人たちは真剣勝負です。まさに野生動物と同様に、研ぎ澄まされた集中力と瞬時の判断力が求められています。そんな想いが名付けにも込められているのでしょう。

小惑星探査機はやぶさの話題がでたとき、東北新幹線ハヤブサに乗るときなどは、ぜひ野生に生きるハヤブサのことも思い出してみてください。

都市のハヤブサ

人類の生活圏が拡大するとともに、生息環境を追われる生きものがいる一方、環境変化に適応して人工物を利用する野生動物もいます。ハヤブサも本来は断崖絶壁を営巣場所として好みますが、近年は高層ビルを断崖のように利用して営巣する事例も報告されており、都市生活に適応するものも増えています。

日本でも北陸や関西方面で高層ビルを利用した繁殖例が増えていて、大阪湾に面する泉大津市のホテルでは、2004年に営巣が確認されてから毎年継続して利用されているようです。

泉大津ハヤブサ・サポート倶楽部

新宿の高層ビル群での目撃例もあり、今後、都心でハヤブサを見る機会が増えていくのかもしれません。

生きものの魅力

猛禽類は怖いと感じる方も多いですが、ハヤブサはつぶらな瞳で愛らしい表情を魅せてくれる一面もあります。前述したハヤブサの研究者の番組でも、♀のハヤブサがまるで家族のように暮らしている様子が放映されていました。

日本でも野鳥写真家の熊谷勝さんが、傷ついて保護されたハヤブサを飼育していた時の様子を著書に書いておられました。

飼育下ということもあるでしょうが、保護個体は表情豊かで喜怒哀楽がはっきりわかり、大らかな性格だったようです。

熊谷勝さんの写真集「ハヤブサ」は、高速で飛翔するハヤブサの姿を断崖絶壁の撮影困難な状況で見事にとらえていて見応えがあります。写真や文章からハヤブサの性格も感じとれて、個人的にもますます好きな生きものになりました。

ハヤブさん

そして、わたしが敬愛する動物画家、薮内正幸さんもハヤブサに魅了された一人です。中学生の頃から猛禽類の図鑑を模写するなど、オリジナルの猛禽類図鑑を制作してしまったほどの猛禽好きでした。薮内さんは親しい友人の間ではヤブさんと呼ばれて親しまれていましたが、時にハヤブさんと称することもあったとか。

特にシロハヤブサがお好きだったようで、ドローイングや油絵など、仕事以外での作品を多く描かれており、2020年の薮内正幸美術館の企画展示鷲・鷹・梟展では素晴らしい作品を見ることができました。

いつかはフィールドでシロハヤブサに出会いたいと思われていたようですが、生涯出会うことは出来ず、2001年6月の野鳥専門誌「BIRDER」で薮内さんの追悼特集が組まれた際は、「シロハヤブサに出会えなかった男」として紹介されました。

関連書籍とグッズ

自由自在に天空を飛び回る飛翔能力、最速動物の狩りを支える大きな眼、古代エジプト人から現代日本人までを魅了するハヤブサ。

いきもの細密画アートグッズでは、薮内正幸美術館と提携し、動物画の iPhoneケースや名刺入れなどの身近なグッズを企画制作しています。

いきもの細密画アートグッズ 公式ストアで
ハヤブサグッズの一覧を表示

参考書籍

西多摩で自然環境の保全活動を続ける川上洋一さんが、江戸時代からの変遷、大都会東京の人工的な環境から、点在して残る自然環境まで、時間的、空間的なつながり、生きものたちの生息状況や関連性を教えてくれる書です。冬の時期、新宿の高層ビルで狩りをするハヤブサのことが紹介されています。

本文でも紹介した写真集です。いや〜、やはり、ハヤブサは絵になりますね。かっちょえ〜。

【ヤブさん】本書は2000年になくなられたヤブさんに、生前に交流のあった方々が手紙を書くという企画です。中学生の頃からの動物学者と文通していたエピソードなど、ヤブさんの生涯には現代人が忘れてしまった大切なこと、学ぶべきことがたくさんあります。

薮内正幸美術館ミュージアムショップ「ヤブさん」
https://yabuuchi-art.jp/store/item/?pCode=B001

ということで、ハヤブサにまつわるお話を紹介しました。スピードが要求される現代の経営者はハヤブサにあやかって、迅速な意思決定と俊敏な行動をしていきたいものです。

以下の記事では、スピードと経営哲学について考察しています。ご参考まで。

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