スピード重視の時代こそ経営哲学を

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文字数:8,286字 | 読了目安: 約11分 | 公開日:2019.07.01 | 更新日:2021.03.14

逆説的ですがビジネスにスピードが求められる時代だからこそ、長期的展望をベースにした経営理念、経営哲学が重要です。日本社会の問題として良く言われていることに「下手なサッカー」問題があります。みんながボールに群がってしまって、フィールド全体が見渡せていない・・・。ボールそのもの、つまり次はコレだと言われるようなものに群がるばかりで、ビジネスの流れが組み立てられない・・・といった論評ですね。確かに、トレンドを追いかけて右往左往していては現代のビジネス社会のスピードについていけるはずがありません。

今回は「短期的なトレンドと経営戦略」と「長期的な経営理念」との関係を考えてみましょう。

未来は予測出来るのか

未来を予測する最も確実な方法は、それを発明することだ。

アラン・ケイ

パーソナルコンピュータ、ノートブックの概念を構想したアラン・ケイの言葉ですね。一方で、日本企業のプリンシプルは何でしょう。あいかわらず、「欧米の先進企業に追いつき追い越せ」なのでしょうか。江戸時代に蘭学から近代の入口に入ったせいなのか、いまだに、この感覚が日本社会に残っているように見えます。

株でも事業でも、○○が儲かるらしいとか、△△が伸びていると言われてから参入するようでは、あまりに遅すぎます。しかし、大企業や現時点で権力や資金力を持っている人ほど、確かな傾向や実績がつかめるまで動こうとしません。他が何をしているか、何が売れているか、つまり過去ばかり、気にしています。

未来を創る意志はどこへ

日本の技術者が画期的な試作品を作って売り込みに走り回っても、日本の大企業には実績がないものは採用できないと断られ続け、韓国や米国の企業が「この技術を採用するのは我が社が世界で最初ですね!」と言って採用してくれたというベンチャー企業の話を聞いて、何とも情けない気分になったことを思い出します。

株主や金融機関の顔色を見ながら四半期の業績を気にしているような経営者、責任から逃れる方便に長けた管理職は、経営哲学も長期的展望も、人間に対する深い洞察も美的意識も、自らの判断で技術や市場を見る見識も、決断する胆力も失ってしまっていて、自ら事業を構想して判断して実行出来る人材が圧倒的に不足してしまいました。

いや、そういう人材はいるのですが、ちょっとした失敗を嵩に責任を追及したり、そもそも、そういう人材に予算も権限も与えず、新しい企画をつぶしたり、ある意味で会社の総力をあげて芽を摘んでしまっているような気さえします。結果として、現状の型にはまらない、新しいことにチャレンジする人材、新規事業を起こせるような人材は、ベンチャーや外資系に流出してしまって、既存企業の側は人材がいない、とか言っているわけで何ともシニカルな状況と言えるのではないでしょうか。

日々の行動をドライブする経営理念

右往左往しないためには、未来を創造する想像力を持ち、明快なビジョン、長期的展望、経営哲学、美学を持つしかありません。そして、ビジョンが日々の行動をドライブし、従業員のモチベーションを支えるものになっていることが重要です。「社会に貢献します」的な雲をつかむような経営理念だけでは、日々の行動力につながりません。「人を大切にします」とか言いながら、離職率の高い企業も少なくありません。

抽象的で高い理想をかかげつつ、日々の行動につなげていくことが重要です。「社員を大切にします」と言うなら具体的に「5年計画で労働分配率を何%向上させます」のような指針を経営側が出すことでようやく意味のある経営理念になります。

その上で「営業利益をいくらにします」という経営目標があるなら良いのですが、そうした数字の持つ社会的意義、人間性から見た社会的価値を考慮することなく、「売上○○円、前期比〇〇%アップ」という数字を経営目標とすることにはリスクがつきまといます。

大企業で不正経理、粉飾決算などが後を絶たないのも、数字だけ、お金だけを指標にしている経営者、株主、金融機関が多いことの結果であり、何とも情けない限りです。

未来に向けた意義のある課題設定をしましょう

もちろん、金儲けがけしからんとか、卑しいとか言いたいわけではありません。ただ、短期的な数字を追いかけることをやめましょう。自分の会社だけが儲かれば良いという狭い視野で考えるのをやめましょう。従業員も取引先も含めた社会全体が中長期で豊かになることを考えましょうと言いたいのです。

こういうことを言うと、青臭いことを言うなとか、きれい事では会社がまわらないとか、現実を知らないとか言い出す人もいます。もちろん高邁な理念だけでは事業が成立しない部分もあるでしょう。しかし、原理・原則・理念・哲学を忘れた現実主義、自分の利益しか考えない企業文化が従業員の意識を低下させ、不祥事の発生を招き、顧客や取引先の信頼を失い、社会的信用を失墜します。

それは、企業の存続自体を脅かすような重大なリスク、つまり莫大な損失につながる可能性がある活動なわけです。

しかも、黒いことを言っているところは、労働分配率が低かったり、下請けや納入業者をたたいているので、短期的には結構、儲かっていたりします。そして、企業の経営者も株主もメインバンクも利益がすべて、利益が正義の人たちですから、歯止めが利きません。数千億の利益をあげている企業なのに、内部事情を聞くと真っ黒なことを言っていて、従業員も取引先もぐったりみたいな・・・。その上、こういう企業は広告費を結構使っているから、広告代理店やメディアも味方につけてしまいます。政治献金もして政治も味方につければ、金の権化、金の亡者連合が完成してしまいます。

本来なら社会的な責任も大きな企業でありながら、自社の利益、それも経営陣と株主の短期的な利益を優先し、中間管理職は自分の保身しか考えていないのでは、社会が衰退するのも当然です。

21世紀も5分の1を経過したというのに

中小零細の場合は、それほど儲かっているわけではないので、従業員や取引先にとってブラック的になるのもやむを得ない事情もあるかもしれません。しかし、ムリムリ前年比10%アップの売上を達成したものの、無理して値下げした受注がたたって収益は減少、今期の売上げに計上するため急ぎで制作したものだから、後々のクレームになりましたっていうシナリオもありがちな展開です。

こうした例に限らず、高度経済成長期からのビジネス文化は現在の基準で見ればブラックなことが多々あります。昭和から続く成功企業は昭和の文化を引きずっていて、いまの基準ではブラックなことがアタマではわかっていても、企業文化に刷り込まれていると何か大きな問題が発覚するまで、なかなか改善されません。

年号も変わり、来年から2020年代です。21世紀になって5分の1が経過しました。次の10年、30年に向けてサステナブルなビジネス文化を創っていく良いタイミングです。大きな志を持ち、身近なコミュニティの課題を解決することを目指しましょう。無理して仕事をこなすより、やりがいのある分野で胸をはれる仕事を創っていくことが、中長期的にみて一番費用対効果の高い、効率の良い方針になるはずです。

未来を創る意志

では、未来にあるべき姿を想像し、具体的にどのように事業展開するか。企業文化を創っていくか。長期的な展望や経営哲学を確立する上で、見ておくべき分野は様々です。キーワードをあげてみると、以下のようなものがあるでしょうか。

デジタル化、経済のグローバル化、新興国、シェアリングエコノミー、SDGs、IoT、ビッグデータ、ディープラーニング、AI、ロボティクス、セキュリティ、ホームオートメーション、少子高齢化・・・。

こうしたキーワードを読み解くとき、目に見えない現象に対する感性が鈍い人は、ヘタなサッカーになってしまいます。そういう人は、傾向が明らかになる=テレビで取り上げられる=新聞の一面を飾るような現象を追いかけます。しかし、そこからビジネスを始めたのでは、いったい何周遅れになることでしょう。レッドオーシャンに突っ込んでいくだけです。

バズワードの変遷と根底に流れる潮流を見る

こういうバズワード(あいまいな意味のまま流行的に使われる言葉)に影響されるわりに、その根底に流れる技術進化の潮流を理解出来ていない経営者が多すぎるように思います。経営者がITオンチでは、これからの経営は成り立たなくなるでしょう。

ガートナーが出しているキーワード分析のチャート、ハイプ・サイクルなども見ておきましょう。

ハイプ・サイクル
ガートナーのハイプ・サイクルのメソドロジは、テクノロジやアプリケーションが時間の経過とともにどのように進化するかを視覚的に説明することで、特定のビジネス目標に沿って採用判断のために必要な最適な知見を提供します。

メディアで取り上げられ、市場の期待がMAXになってバブルになったところから、市場に浸透するにつれて、大きすぎた期待=バブルがしぼんでいきます。

三度目となる今回のAIブームは、多層の学習構造が画像解析の分野で大きなブレークスルーを起こしたことに起因しています。

画像解析に関わる分野は大きな進化が起きましたし、自動運転や多様なモニタリングへの応用など、社会に大きなインパクトを与えることでしょう。しかし、自然言語処理などその他のデータ分析への適用は一筋縄ではいきません。身近な例で見ても、単なる統計処理をAIと呼んでいるAIもどきな取り組みや、使いものにならないAIチャットなどがあちこちのWebサイトに導入されていて、いらっとさせられる機会が増えています。

状況を想像する力

AIチャットについて言えばAIチャットをやる前に、そもそものQ&Aデータベースの充実や、カテゴリーの整理、タグ付け、コンテキストに沿った情報提供、UI/UXの改善、検索機能の強化など、やることがたくさんあるはずです。

銀行など、わたしが使っているサイトのいくつかでも、基本的な情報提供、画面設計、UI/UXがまともに出来ていないのに、デカデカとしたAIチャットのアイコンがスマホの画面を占拠していて、いつもいらっとさせられます。その昔、マイクロソフトワードのヘルプで唐突にイルカが出てきて、役に立たない情報しか提供出来ていなかった時代から何も変わってません。音声認識のSiriやコルタナも関係ないときにしゃしゃり出てきて、仕事の邪魔をしてくれます。

どの取り組みも、ユーザーの状況を想像する力が足りていません。想像力にも達してない、当たり前のことさえしていない可能性があります。自分が実際にユーザーとして2〜3度、使ってみるだけで、いかにトンチンカンなことをしているか分かりそうなものなのですが・・・。

技術的チャレンジや顧客サービス向上の一環として、AIを多様な業務に活用しようとすること自体は意味があることです。しかし、あまりにスジの悪い取り組みが多すぎるように思います。いかに技術をわかっていない経営者が多いのか。また、IT業界側にも志がないというか、ウケの良いビッグワードで稼ごうとする安直な企業が多いのでしょうか。

グランドデザインを描こう

行政の予算を見ても、地方創生とかAIとか、そのとき旬のキーワードを入れておけば予算が通るみたいな傾向があって、情けないばかりです。結果、単年度・短期的にあっちだこっちだと騒いでいるだけで、中長期の技術トレンドや社会変化を見て、継続的・持続的に取り組む企業やプロジェクトが少なすぎます。中長期的に見て、効率的な投資になっていないし、そもそもの哲学や理念が貧弱だから、社会をより良くすることにもつながっていないのです。

せいぜいが景気対策、ともすれば、補助金コンサルばかり儲かるみたいな、行政の予算取りに慣れた特定の既存勢力を利するだけに終わってしまいます。マイナンバーにしても異様な過剰さでマイナンバーを隠して、マイナンバーが漏れたら一貫の終わりみたいな取り扱いをしていたかと思ったら、今度は突然、健康保険証にも利用することになるとか。

米国の社会保障番号みたいな運用にしたいのでしょうが、最初からそうすれば良かったはずです。総務省は、通知カードとかマイナンバーカードとか、どれだけ制度を複雑にして、無駄な投資をすれば気がすむのでしょうか。

正直、地方の役所を見ていると不安が倍増です。一部の若い担当者しかシステムを扱える人がいなくて、古いパソコンでマイナンバー関係の処理を行っているのを見ると、大丈夫かいなと思います。マイナンバーは、住基ネットの時代から同じですが、長期的な哲学、設計が見えない場当たり的な対応の象徴といえます。数百億かけたシステムの利用率が0.1% 以下だとかいう報道もされていますね。

足元にヒントはころがっている

安易なバズワード追従は論外としても、AI の活用ありきではなくて、本質を優先しましょう。顧客にスムーズな取引をしてほしい。画面操作に迷うことなく目的の情報が見つけられるようにしたい。といった本業の業務目線での目的を先行させることです。足元にヒントはころがっています。

そうした地道な課題解決を訴求しているうちに、必要な技術も見えてきます。機会があれば、AWS(Amazon Web Services)のサポートを体験してみてください。技術的な質問に対して、電話、チャット、メールのいずれでも顧客が好きな方法を選択できて、適格な返答が返ってきます。

あれだけ的確な回答が出来るということは、バックエンドの技術情報や、質問と回答のデータベース化がしっかり出来ていて、回答するサポート担当者の教育もしっかりされているはずです。

サポート情報の蓄積が増えるにつれ、FAQ、Q&Aで参照できる情報も増えていきます。さらには、質問が多い仕様、みんながはまりそうなポイントは画面の適切な場所にヘルプが入ったり、仕様自体が改善されています。そういう蓄積があって始めてAIを活かしたサービスも価値あるものになるのです。

こういう当たり前にやるべきことを実直にやっているところがAmazonの凄いところです。逆にこういう当たり前をすっとばして、代理店やベンダーの言いなりに派手なプロジェクトを追っかけていては、AIやITを有効に活用できるはずがありません。

地に足の付いた取り組みを考えましょう。

技術の進化傾向や動向、人間の心理を考慮すれば当然そうなるよな、というところを長期的視点で見て、少し先を見て戦略を練ることが重要です。

AIのようなバズワードを掲げたプロジェクトは、優秀な人材や資金を集める上で必要な面もあるのですが、ビジョンが先行しすぎて実務や日々の活動とリンクが失われると空滑りしていきます。

いつも言っていることですが、ITの重要性はいくら言っても言い足りないぐらいです。21世紀はITを理解していない、軽視しているビジネスは成り立たなくなるでしょう。

デジタルもアナログも

もちろん、デジタル化が進めば、逆に「人」やリアルな「場」や「もの」の価値が高まります。iTunes と音楽デジタル配信の普及によってCDが売れなくなる一方、コンサートやグッズなど、周辺ビジネスは伸びています。AIや機械学習が進めば、いろいろな意味で結果が集約され、画一化していきます。2000年以降の自動車はCAD/CAE、コンピュータシミュレーションの導入でみな同じような顔になり、個性を失っていきました。

デジタル化や合理的なものを推進すると同時に、アナログ的なもの非合理的なものを取り込むことも重要です。普及のためのメディア戦略にITは不可欠ですし、人手不足や人材教育、多様なコスト構造を考えれば、ITを戦略的に活用することは避けて通れません。しかし、IT化でローコスト運営をした上で、手間をかけるところは人が「心」を込めて、「情熱」を持ってビジネスに取り組む必要があります。このメリハリが大切です。

オペレーションの合理性と同時に、遊び、社会貢献、情熱といった、ある種の非合理性の両立が必要なのです。

戦略にこそ、冒険や遊び、愛が必要な時代なのです。Von Voyage!

参考書籍

長期的な思考をする上で歴史を俯瞰することは大切ですね。時代を超えた感覚を養う上で読んでおきたい書を紹介します。

生命誕生から38億年、人類の歴史を7万年前の認知革命、1万5000年前の農業革命、200年前の産業革命と、俯瞰して見る視点を提供してくれます。こういう本を読んだ後、四半期毎の業績発表に苦心する上場企業経営者、明日の決済に奔走する零細企業経営者、ベンチャーキャピタルに3年後のIPO圧力をかけられているスタートアップ企業経営者とかの状況を見ると、何とも言えない空虚な感覚におそわれます。こんな社会、資本主義経済を作るために、我々人類ははるか遠い歴史を歩み、進化してきたのでしょうか。

旧聞では道具を使うかどうかが人間と動物を分けるポイントとされてきましたが、枝を使ってイモムシを釣るカラスや、石で固い実を割るフサオマキザルなど道具を使う生きものは意外といることが知られてきました。本書では、我々サピエンスと他の原人、動物を分ける分水嶺として、虚構・神話による共同体を持ったことが挙げられていて興味深いものでした。21世紀、我々サピエンスには新しい時代の神話と道具が必要なことを考えさせられます。資本主義、金儲け主義以外の新しい神話を築いていかないといけません。

サピエンス全史が人類の過去に焦点をあてて考察したものとすれば、本書では現在から未来に視点を移動します。好むと好まざるに関わらず、臓器移植、組織培養、IPS細胞、遺伝子工学、合成生物学などに象徴される生命工学の進化、ロボティクスや人工知能の普及により、生命の定義そのものを考えさせられる場面が増えていきます。従来、人間が神の領域としていた能力を手にしてしまった人類は、今後、どのように生きていくべきか。

責任の所在を明かにして、我々サピエンスにつきつけてくる書です。「神は死んだ」とニーチェが言ってから百数十年、キリスト教では神の子とされてきた人類が成長し、まさに成人を迎えようとしてるわけです。そして、神の領域に足を踏み入れるものと、従来の意味での人間のままのものに別れていきます。果たして、社会はどのようになるのか・・・。いや、なるのかと言っているのは古い人間の道です。どうするのか、自分の頭で考えることを要求される書です。

情報技術の250年という副題がついている通り、長い歴史の中で新しい通信技術、情報技術がどのように社会に普及してきたかを俯瞰することができます。特に導入初期の受け止められ方と、その後の社会への影響という視点で読むと学ぶべきことが多くあります。短期的な技術動向に右往左往しがちな現代社会とメディアに振り回されることなく、時間軸と空間的な位置関係から、技術の普及と人間社会の変化から、繰り返される同じ構造を読み解き、次の思考に役立てたいものです。

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