「大いなるバカ」であれ〜甲巻〜

Biz
文字数:6,467字 | 読了目安: 約9分 | 2026.01.04 | 2026.01.07

「計算高い秀才」より「大いなるバカ」であれ。——世界を変えた4人の狂気

新年、あけましておめでとうございます。

2026年の干支はウマ年、それも60年に一度巡ってくる「丙午(ひのえうま)ですね。

古来、「丙(ひのえ)」は燃え盛る太陽を、「午(うま)」は活動的なエネルギーを象徴するものです。つまり今年は「火」に「火」が重なる、もっともエネルギーが激しい「陽の極み」の年と言われています。

前回の丙午である1966年(昭和41年)は、古い常識が崩れて新しい文化が勃興した年でもありました。トヨタカローラが発売されてマイカー元年とも呼ばれ、ビートルズの来日で若者の価値観も激変しました。

力強い陽のエネルギーは「いざなぎ景気」の勢いを増して、後に奇跡とも呼ばれる高度経済成長へと駈け登っていきました。

あれから60年、戦後の高度経済成長を支えた古い体制があちらこちらで瓦解を始め、AI の革命的な進化も産業革命を上回るインパクトになると言われる中、再び丙午の年を迎えることになりました。

これだけの激動の時代に、従来の常識を前提とした 小さな打算合理的な賢さ が通用するはずもありません。激動期にはわたしたち一人一人が個人として、その信念と哲学、意識と意思を根源から問われる機会が増えることになります。

今回は、偉大なる先人たちの営みから激動期の荒波を乗り越える力を考えてみましょう。

なぜ、変革には「バカ」が必要なのか

漢字で書けば「馬鹿」。中国の故事「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」に由来し、愚かな様子を指す言葉です。ちなみに中国語で馬鹿という言葉自体は、アカシカ(学名:Cervus elaphus)を指しており、侮蔑の意味はないようです。

わたしたちは普段「バカ」を侮蔑の意味で使いますが、実はこの言葉の語源には、ある興味深い説があることをご存知でしょうか。

それがサンスクリット語の「マハ(Maha)」という言葉です。

「マハ」とは、マハラジャ(大王)やマハーバーラタ(大叙事詩)に使われるように、偉大な」「大いなる」という意味を持ちます。摩訶般若波羅蜜多心経の「摩訶」も同じですね。

古来、常人には理解できないほどスケールの大きなことを考え行動する人を、人々は畏敬の念(あるいは理解不能な畏怖)を込めて「マハ」と呼び、それが転じて「バカ」になった——という説です。

歴史を振り返れば、社会の常識を根底から覆したイノベーターたちは、当時の賢い人々から見れば理解不能な、狂気とも言えるような意志と情熱を持つ人たちでした。

今回は、日本の高度経済成長期に、計算高い合理性を捨てて「マハ=大いなるバカ」となり、不可能を可能にした3人の男たちを紹介しましょう。

無用の長物と揶揄されながら新幹線建設を強行した十河信二、町工場の時代から世界一になると宣言した本田宗一郎、物流の常識を敵に回しながら宅急便の全国網を構築したクロネコヤマトの小倉昌男です。

昭和のマハたち

十河信二(新幹線)

今や日本の大動脈である新幹線ですが、計画当時は「戦艦大和、万里の長城、新幹線」と並び、重厚長大で無用の長物といった批判に晒されました。1955年(昭和30年)頃、世界は「鉄道の時代は終わった」という常識に支配されていたのです。アメリカでは高速道路網と航空機が発達し、鉄道は斜陽産業と見なされていました。当時の日本でも、知識人やマスコミは「これからは自動車と飛行機の時代だ。今さら巨額を投じて鉄道を作るなど狂気の沙汰だ」と強烈な批判にさらされていました。

国鉄総裁の十河信二は、この四面楚歌の中でどうしたか。彼は「確信犯的な嘘」をつきました。

本当は3,800億円かかる予算を、あえて半分の1,900億円と偽って国会を通し、さらに世界銀行から借金をして国際公約という既成事実を作って逃げ道を塞ぎました。「工事を始めてしまえば、国は後戻りできない」という、政治的賭けに出たのです。

これは現代で言えば完全なコンプライアンス違反であり、責任問題になれば致命的な行為です。しかし、彼は「自分の首が飛ぶこと」を織り込み済みで、国の未来のために泥をかぶる決意をしていました。彼は完成を見ることなく、責任を取って国鉄総裁の職を辞任しました。

後年になって、現代日本の礎を築いた彼の功績は正当に評価され、亡くなる前には昭和天皇から銀杯を賜わり、東京駅の新幹線ホームには十河信二のレリーフが設置されています。

本田宗一郎(Honda)

「世界のホンダ」の創業者、本田宗一郎もまた、無謀とも言われる挑戦にひるむことのない大きな人でした。創業から6年目となる1954年、「マン島TTレース」という世界最高峰のレースに挑むことを宣言します。

当時のホンダ製品は国内市場向けで、欧州の高性能スポーツバイクとは大幅な技術力の格差がありました。二輪車メーカーとして国内では急成長しているとは言え、まだ自動車事業にも参入していません。資金力は限られており、海外進出を見据えて工作機械への巨額投資を行ったばかりでもあり、財務的にはかなりタイトな状況だったとも伝えられています。

そんな状況でも創業以来の口グセだったとも言われる「世界一」を大胆に目指すことを宣言し、従業員を鼓舞しました。

「世界一でなければ、日本一にはなれない!」

本田さんは早くから「世界との取引」を意識して、品質向上・大量生産による国際競争力の向上を目指して、アメリカやヨーロッパに赴き、現地の産業や大量生産システムを直接視察していたと言います。

創業間もない頃から世界の舞台で戦うという大きなスケール(マハ)を見ていたからこそ、Hondaはただの修理工場で終わらなかったのです。

「マン島TTレース」への挑戦は、技術的・資金的リスクが非常に高いものでしたが、結果としてHONDAブランドの技術力を証明し、世界にその名を響かせる礎となったのです。

小倉昌男(クロネコヤマト)

「個人が荷物を送るなんて、手間ばかりかかって採算が合うわけがない」。

これが当時の運送業界の絶対的な常識であり、正論でした。大口の法人輸送こそがビジネスの王道だったのです。

しかし、ヤマト運輸の小倉昌男は、社内の役員全員が反対する中で「宅急便」を強行しました。

「サービスが先、利益は後」

彼は「そこに困っている人がいるなら、ニーズは必ずある」という一点を信じて実行しました。

NHKのプロジェクトXで宅急便が誕生するまでを取り上げた回をたまたま見たことがありました。宅急便が開始されたその日、北海道の過疎地で荷物を届けるまでが再現されていて、全国家庭への配達網をゼロから構築する現実の苦労は計り知れないものがありました。

しかし、クロネコヤマトのチャレンジにより、日本の物流の常識は覆りました。そして、利益よりもお客のためになることを優先してきた企業理念は、ヤマトの社風、現場の一人一人の姿勢にも表れています。

地方に住むわたしたちにとっては特に、荷物を届けてくれるヤマトさんはとてもありがたい存在です。

クレージーな人

十河信二、本田宗一郎、小倉昌男。

彼らに共通するのは、「賢い人が計算して『やめる』ポイントで、アクセルを踏み込んだ」ことです。賢い人はリスクを計算して、チャレンジを「馬鹿げている」と嘲笑します。

Steve Jobs(Apple)

しかし、世界を変えるのは、その嘲笑を気に留めない「大いなる(マハ)視点」を持った人間です。Appleの創業者、スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式の式辞で卒業生に次のように語っています。

“Stay Hungry, Stay Foolish.”(ハングリーであれ。愚か者であれ。)

スティーブ・ジョブズ

この「Foolish」とは、単に愚かであれという意味ではありません。「小利口に収まるな」「大きな視点で考えよ」ということですね。それはまさに、語源とも言われているサンスクリット語の「マハ」の概念そのものです。

そして、この講義で語られたもう一つのキーワードが Connecting the dots です。

You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.
(未来を見て、点と点をつなぐことはできない。過去を振り返って初めて、点と点はつながるのだ)

スティーブ・ジョブズ

彼が大学を中退した後、興味の赴くままに「カリグラフィー(西洋書道)」の講義に潜り込んだ話です。当時は何の役に立つか分からなかった(=バカげたことだった)が、10年後にMacintoshを開発する際、その知識が「美しいフォント」を組み込むことにつながりました。

賢い人(秀才): 「未来を見て点をつなごうとする(予測する)」。だから、役に立つか分からないカリグラフィーなんて学ばない(=計算してやめる)。

バカ(マハ): 「将来どうつながるか分からないけれど、直感を信じて点を打つ」「面白そうだからやってみる」。だから、計算せずに没頭できる。

ここで、ジョブズは直感を信じることの大切さを説いています。計算で未来は予測できない。だからこそ、愚かになって直感に従え、と。

Think different

1985年に取締役会との対立でAppleを追放されていたジョブズでしたが、1997年、存続の危機にあったAppleを建て直すために復帰することになります。当時、混乱していた製品ラインアップを整理するなど、大胆な改革を矢継ぎ早に行いました。

一連の改革を象徴するのが、Think Different キャンペーンです。直接的にApple製品を紹介するのではなく、独自の発想と行動力で世の中を変えたクリエイティブな人物に焦点をあて、Appleの哲学を社内外に浸透させた伝説的な広告キャンペーンでした。

他者と異なる発想で偉業を成し遂げた、アインシュタイン、ジョン・レノン、バックミンスター・フラー、ジム・ヘンソンらを、クレージーな人たちとして賞賛しています。

まさに、「マハ(大いなるバカ)」たちがイノベーションを生み出してきたのです。

愛すべきマハ

【番外】車寅次郎(フーテンの寅)

映画『男はつらいよ』の主人公、フーテンの寅さんこと車寅次郎もまた、愛すべき「マハ」の一人です。寅さんシリーズで、わたしが印象に残っているシーンがあります。シリーズ第39作『寅次郎物語』の中で、帝釈天の住職である御前様(笠智衆)が、寅さんのことを妹さくら(倍賞千恵子)に対して語る場面です。

「仏様は、もしかしたら、私のような中途半端な坊主よりも、トラ のようなものをお好きなんじゃないかと、そう思うことがありますなぁ」

毎日お経を読み、修行を積んでいる僧侶の自分よりも、直感と感情だけで生きている寅さんのほうが、実は神や仏に近い場所にいる——。御前様の言葉はそう暗示しています。

一方で、当の寅さんはどう考えているかと言えば、 「あ~あ、インテリというのは自分で考えすぎて、そのうち何が何だか分からなくなっちまうんですかねえ」「四の五の理屈をこねたって、腹の足しにはなんねぇよ」 と、難しい精神論や権威を笑い飛ばして生きています。

賢い人たちが「意味」や「利益」を計算して悩み続ける横で、バカになって「今」を全力で生きる。 だからこそ、寅さんはスクリーンの中で誰よりも輝き、わたしたちに活力を与えてくれるのかもしれません。

寅さんは物語の中の人ですが、実社会においても一見バカに見える人が、実は会社やコミュニティや人間関係、文化の形成において、重要な役割を担っていることも少なくありません。

日本では新自由主義以降、組織の上層部に「小利口な秀才エリート」が増殖して、目先の利益を小賢しく追うばかりになってしまいました。そして、「大いなるバカ」を排除しているうちに、イノベーションが停滞してしまったのです。

よそもの・わかもの・ばかもの

地域づくり・地域活性化の文脈でも、「変化を起こす役回り」を言い表す人材として、「よそ者/若者/馬鹿者」というフレーズが語られることがあります。

  • よそもの(よそ者):内部の当たり前を相対化する“外の目”。しがらみの外から課題を言語化しやすい。
  • わかもの(若者):成功体験・前例への依存が薄く、試行錯誤や新ツールに心理的抵抗が少ない。
  • ばかもの(馬鹿者):損得・世間体を超えて、やり切る/周囲が尻込みする一歩を踏み出す“推進力”。

この3者が揃うことで、発想(よそもの)×実験(わかもの)×実行・突破(ばかもの)の形で、停滞した合意形成を動かしやすい、というものです。

閉鎖的で硬直化した地方社会はもちろん、大企業病に蝕まれた組織に必要なのも、よそもの・わかもの・ばかものなのかもしれません。賢く立ち回るよりも、時には信念を持った「大いなるバカ」であり続けましょう。

そして、もし、あなたの組織に、わかもの・よそもの・ばかものが不足しているようでしたら、わたしにお声がけください。

物理的な若者ではありませんが、精神年齢16才の”わかもの”であるよそもの・ばかものが、あなたのイノベーションを支援にまいります。

Yin & Yang :陰陽

光があれば、影がある。陰極まれば、陽となす。

本編では、脳天気に大いなるバカになることを勧めてきました。しかし、多くの自己啓発系コンテンツにも見られる問題は、ポジティブに元気づけるだけで、実践に伴う数多の落とし穴やダークサイドに無頓着なことです。

本ブログでは両極を見て統合することを大切にしています。続編となる【乙巻】では、実戦の厳しさ、ダークサイドを含めて考えてみましょう。

👉 大いなるバカであれ【乙巻】へ続く

参考書籍

『小倉昌男 経営学』(小倉 昌男 著 / 日経BP)

「採算が合わない」と反対された宅急便を、どのようなロジックと信念で成功させたのか。単なる精神論ではなく、緻密な計算と、それを凌駕する「サービスへの情熱」が記されています。

『新幹線を走らせた男―国鉄総裁十河信二物語』(高橋 団吉 )

十河信二の執念と天才技術者・島秀雄のドラマを描いた傑作です。国鉄内で左遷されていた島秀雄の技術者としての力量を見抜き、十河さんが新幹線プロジェクトで抜擢したエピソードは、とても含蓄があります。組織の論理に馴染まない人、はじきだされた場所に有能な人材が眠っている、という話は良くあることです。

『やりたいことをやれ』(本田 宗一郎 著 / PHP研究所)

大胆さの中に溢れる繊細な機微と人情、本田さんの生の言葉が詰まった魅力溢れるエッセイ集です。1ページに1トピック、ふとしたときに開けばいつも元気を与えてくれる、わたしの座右の書の一つです。

『男はつらいよ 寅次郎物語 HDリマスター版(第39作)』

義理と人情、大切にしたいですね。でも、現実世界で身近に寅さんのような人がいたら、楽しいような、コワいような・・・。寅さんを見る度、さくらが不憫でなりませんが、寅さんは憎めないんですよねぇ。

『スティーブ・ジョブズ I・II』(ウォルター・アイザックソン 著 / 講談社)

スティーブジョブズが上司だったらたいへんそう・・・です。常に全力で周囲にも一流の仕事を求め続けた情熱、信念を貫き通す胆力はやはり凄いものがあります。

関連情報

スティーブ・ジョブズ スタンフォード大学卒業式辞(2005年)

本編で取り上げた以外に、自信過剰とも言われていた彼が一度、Appleを追放されてから復帰するまでの挫折と孤独、自身がガンに侵されていることがわかってからもAppleを愛し、創造的であろうとした彼の生き様、多くの示唆に富む言葉が語られています。